有給休暇の時季指定義務とは?知らないと危険な企業の責任と対応策
有給休暇は、労働者が心身をリフレッシュし、健康的に働くために欠かせない制度です。とはいえ、その運用を誤ると企業側に思わぬリスクが生じる可能性があります。特に「時季指定義務」は、働き方改革関連法によって強化されたポイントであり、多くの企業が見落としがちな項目です。
実際、令和7年3月に厚生労働省が公表した労働時間制度等に関する実態調査結果によれば、年5日の時季指定義務の運用について、「労働者の取得に委ねて年5日取得できている」と回答した事業所が52.0%で最も多い一方、「指定できておらず、労働者は年5日取得できていない」と回答した事業所も11.6%存在しています。また、「労働者の意見を聞いた上で使用者が年5日を指定している」(17.9%)や「計画年休制度により年5日を指定している」(11.3%)といった企業側が主体的に関与する運用は、合計しても全体の約3割に留まっています。こうした管理不備や消極的な運用は、行政指導や罰則の対象となるだけでなく、社員との信頼関係を損なう結果にもつながりかねません。
この記事では、有給休暇の時季指定義務の基本から、企業が取るべき対応策までをわかりやすく解説します。
目次

有給休暇の時季指定義務とは

有給休暇の「時季指定義務」とは、企業(使用者)が従業員に対して、一定の条件下で有給休暇を取得させる責任を負うというものです。労働基準法第39条に明確に定められており、2019年4月の改正によって「年10日以上の有給休暇を付与された労働者には、必ず年5日を取得させなければならない」と義務づけられました。
ここで重要なのは、「労働者が希望しない場合でも、使用者が取得日を指定できる」という点です。つまり、会社が主体的に取得計画を立てる必要があるということになります。
また、時季指定は「労働者の希望を尊重しながら」行うことが求められています。単に会社都合で日程を決めるのではなく、業務の繁忙期や本人の意向を考慮した上で調整することが望ましいでしょう。
この義務を怠ると、労働基準法違反として30万円以下の罰金が科される場合もあり、軽視できる問題ではありません。
参考:年次有給休暇の時季指定義務 | 厚生労働省
参考:労働基準法 第三十九条(年次有給休暇)| e-gov法令検索)
企業が果たすべき義務と実務対応
企業に求められる最も基本的な対応は、「対象者の把握」「取得時期の管理」「記録の保存」の3点です。まず、年10日以上の有給休暇が付与される従業員をリストアップし、取得計画を作成します。そのうえで、取得日が5日未満のまま年が終わらないよう、管理担当者が定期的に確認する体制を整える必要があります。
また、取得日を指定する際には、就業規則にその手続きや方法を明記しておくことが求められます。具体的には、「業務の繁忙期を除く範囲で会社が指定できる」「本人の希望を聴取の上で決定する」といった文言を入れるとよいでしょう。これにより、後々のトラブル防止にもつながります。
就業規則に明記すべき内容
企業が時季指定義務を確実に履行するには、就業規則に具体的な運用手順を明記しておくことが欠かせません。
たとえば、「会社は労働者の意見を聴取のうえ、有給休暇の取得日を指定することができる」といった明文化があると、運用の正当性を明確に示せます。
さらに、次のような項目も盛り込むと効果的です。
- 有給休暇の希望聴取方法(申請書・電子申請など)
- 時季指定を行う際の通知期限
- 繁忙期における取得制限のルール
- 管理者が確認すべきチェックリスト
これらを記載しておくことで、担当者間での判断のばらつきを防ぎ、社内の統一運用を実現できます。
また、法改正があった場合には、就業規則の見直しと同時に社内説明会を実施し、社員へ内容を共有することも大切です。制度変更を「知らせて終わり」にせず、実務で機能する形へと落とし込むことで、法令遵守の体制がより強固になるでしょう。
実務上のポイントを以下の表にまとめます。
| 項目 | 企業側の対応 | 注意点 |
|---|---|---|
| 対象者の特定 | 年10日以上の有給付与者を把握 | パート・契約社員も該当する場合あり |
| 時季指定の実施 | 本人希望を聴取の上で会社が指定 | 繁忙期などは慎重に調整 |
| 記録・管理 | 管理簿を作成し保存 | 3年間の保存義務あり |
違反した場合のリスクと罰則
もし企業が時季指定義務を怠った場合、労働基準監督署からの是正勧告や罰金が科される可能性があります。労働基準法第120条では、「使用者が法定の休暇取得義務を履行しない場合、30万円以下の罰金」と定められています。これは単なる“形式違反”ではなく、労働者の権利侵害として重く扱われます。
特に中小企業では、管理漏れが発覚するケースが後を絶ちません。
「システムで取得日数を把握していたつもりが、付与日基準で管理されていなかった」「繁忙期を理由に翌年へ繰り越してしまった」など、意図せぬ形で違反が生じることもあります。さらに、SNSや口コミで“ブラック企業”と批判される事例もあり、社会的信用を失うリスクも無視できません。
このような状況を防ぐには、制度そのものを正しく理解したうえで、法令遵守を前提とした管理体制を構築することが不可欠です。
運用ミスを防ぐためのチェックポイント
有給休暇の時季指定義務は、単に日数を管理するだけでは十分とは言えません。法的要件を満たしていても、実際の運用が不適切であればトラブルの原因となります。特に、人事担当者が複数の業務を兼務している場合、確認の抜け漏れが発生しやすいでしょう。
ここでは、運用ミスを防ぐための3つの基本視点を整理します。
取得状況の見える化
まず重要なのは、従業員ごとの有給休暇の「残日数」と「取得状況」をリアルタイムで把握することです。紙やExcelによる管理では更新が遅れがちになり、法定期限のチェックが難しくなります。可能であれば、勤怠システムや人事ソフトを導入し、付与日ごとの管理を自動化することが理想的です。
これにより、担当者の負担を軽減できるだけでなく、社員からの問い合わせにも即座に対応できる体制が整うでしょう。
部署間の調整体制
次に押さえておきたいのが、部門間での調整です。
有給休暇の取得は、個人の権利である一方で、組織の業務遂行にも影響します。たとえば、営業部や製造部門では、繁忙期に複数人が同時に休むと業務が停滞してしまう恐れがあります。そのため、部署間の調整ルールをあらかじめ設け、休暇の希望提出時期や代替要員の手配について共通認識を持つことが大切です。
管理簿・記録の更新頻度
最後に、取得管理簿の更新を定期的に行うことです。
労働基準法では、有給休暇の管理簿を「3年間保存」することが義務づけられていますが、保存するだけでなく、随時更新する仕組みが求められます。月次で取得状況を確認し、未取得者がいれば早期にフォローアップする。この運用を定着させることで、法令違反のリスクを実質的にゼロに近づけることが可能です。
正しい制度運用でリスクを回避するために

有給休暇の時季指定義務を確実に果たすには、企業単独での対応には限界があります。法改正は数年ごとに見直されるうえ、行政の運用指針も変化しているため、常に最新情報をキャッチアップしなければなりません。
ここで有効なのが、専門の人事コンサルティングの活用です。
人事コンサルに相談する最大のメリットは、「法令遵守の精度を高めつつ、企業の実務に合わせた運用設計ができる」点にあります。単なる法解説にとどまらず、各企業の勤務形態や業種特性を踏まえた柔軟な制度整備が可能です。
さらに、外部の専門家を介入させることで、内部では気づきにくいリスクを洗い出すこともできます。
たとえば、「管理職層が自ら有給を取りづらい」「特定部署に偏った取得状況」など、組織文化に起因する課題は、第三者の視点で初めて明らかになる場合があります。
専門家支援の導入ステップ
人事コンサルを活用する際は、まず自社の現状把握から始めましょう。
初期段階では、就業規則や有給管理簿をもとに、法定要件を満たしているかどうかを専門家が確認します。そのうえで、現場担当者や管理職へのヒアリングを実施し、実務運用上の課題を抽出します。
次のステップでは、課題に基づいた制度設計を行い、実際に機能するルールや運用手順を整備します。ここで重要なのは、単に文書を整えるだけでなく、「誰が、いつ、どのように確認するのか」という運用フローを明確にすることです。
最終段階として、社内説明会や研修を通じて従業員に制度を周知し、定着を図ります。これにより、コンサルティングの効果が一過性に終わらず、長期的な法令遵守体制が構築されるでしょう。
結果として、企業全体のガバナンス強化と、従業員の信頼向上の両立が実現できます。
まとめ
有給休暇の時季指定義務は、2019年の法改正によって明確に「企業の責任」として定義されました。企業には、単に年5日の取得を促すだけではなく、企業が主体的に取得時期を指定し、確実に実施する体制を整えることが求められています。
「うちは大丈夫」と思っている企業ほど、管理簿の更新漏れや就業規則の不備といった見落としが多いものです。
しかし、そのような小さな抜けが、行政指導や罰金、ひいては社員の不信感へと発展する可能性があります。
だからこそ、いま一度自社の運用状況を点検し、必要に応じて専門家の支援を受けることが重要です。法令遵守はもちろん、従業員との信頼関係を守るための投資とも言えるでしょう。
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※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の状況については、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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