改正労働安全衛生法でストレスチェック義務が拡大へ 押さえるべき実務のポイントをわかりやすく解説

改正労働安全衛生法でストレスチェック義務が拡大へ 押さえるべき実務のポイントをわかりやすく解説

2025年に成立した労働安全衛生法の改正により、現在50名以上の事業場に義務付けられている「ストレスチェック制度」が、いよいよ 令和8年から段階的に拡大・強化 される見通しとなりました。

ストレスチェック制度は、単なるメンタルヘルス対策ではなく、労働者の健康確保と離職防止、生産性向上に直結する重要な安全衛生施策として位置付けられています。そのため、今回の義務化は「事務負担増」という側面だけではなく、中小企業が職場環境を改善し、優秀な人材を確保するための大きな転換点とも言えます。

本記事では、制度概要や法改正のポイント、また中小企業に求められる対応や実務上の注意点などをわかりやすく解説していきます。

目次

ストレスチェック制度の概要

以下に、ストレスチェック制度の概要について解説していきます。

制度の目的

ストレスチェック制度は、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止するため、

  • 労働者自身がストレス状態を把握する
  • 必要に応じて医師による面接指導につなげる
  • 職場改善につなげる

ことを目的として、2015年の労安法改正で導入されました。

背景には、うつ病・適応障害などの精神疾患による休職・離職者の増加、過労による労災認定の増加、労働力人口の減少などがあり、企業におけるメンタルヘルス対策強化が急務となっていることが挙げられます。

メンタルヘルス対策の体系は一次予防〜三次予防に分類されますが、ストレスチェック制度は一次予防(未然防止)に位置付けられ、企業の健康管理の基礎として重視されています。

現行制度の概要

現行制度では、

  • 従業員50名以上の事業場→ストレスチェック実施が義務
  • 従業員50名未満の事業場→努力義務

という区分です。

実施頻度は年1回以上、形式は紙・オンラインどちらも可能で、厚労省が推奨する57項目の職業性ストレス簡易調査票が一般的に使用されています。

制度の主な流れは次の通りです。

  1. 実施体制の整備(実施者・実施事務従事者の選任)
  2. 調査票の配布・回答
  3. 高ストレス者の選定
  4. 希望者への医師による面接指導
  5. 集団分析
  6. 職場環境の改善

労働者の同意なしに結果を事業者へ提供することは禁止されており、厳格な個人情報管理が求められます。現行制度は導入から約10年が経過し、制度の定着や見直しの必要性が指摘される中で、今回の法改正へとつながりました。

義務拡大の背景

今回のストレスチェック義務の拡大には、どのような背景があるのでしょうか。以下に解説していきます。

メンタル不調者の増加

令和6年度「過労死等の労災補償状況」によると、業務災害に係る精神障害に関する事案の労災補償状況において、請求件数は3,780件で前年度比205件の増加となりました。

特に中小企業は

  • 労働環境が不安定
  • ハラスメントリスクが高い
  • 労務管理体制が弱い

といった構造的弱点を抱えており、精神障害に関する事案の労災の発生リスクが大企業よりも大きいのが現状です。

そんなリスクを抱える中小企業において、ストレスチェックが義務化されないままであると、さらなる労災発生を助長してしまうことが懸念されます。今回の制度の義務化は、こうした弱点を補い、働く人の健康確保と企業の持続性を高めるための“最低限の標準装備”として機能することを狙いとしています。

人手不足・働き方改革・生産性向上の観点

2020年代に入り、「健康経営」「人的資本経営」が国全体で推進され、企業の労働環境改善が重要課題となりました。人手不足が加速する中、メンタルヘルス不調による離職は企業にとって大きな損失であり、これを防ぐためにも労働環境の可視化と改善が不可欠です。

ストレスチェック制度は、

  • 職場環境の課題をデータで把握する
  • 部署ごとの差を数値化する
  • 改善計画を立てるための根拠を作る

など、労働環境を可視化するためのツールとして役立ちます。

そのため、義務対象の拡大は、単なる規制強化というより、 企業の持続的成長のための基礎インフラ整備として位置付けられているのです。

令和8年施行の改正内容

今回の労働安全衛生法改正の中核となるのが、ストレスチェック制度の「義務対象拡大」と「実施体制の柔軟化」です。以下に改正内容を解説していきます。

50名未満事業場への義務化

ストレスチェック制度は2015年の制度開始当初から「従業員50名以上」の事業場に義務付けられてきましたが、この区切りは 衛生管理者の選任義務(50名以上)に基準を合わせただけ の暫定的なものでした。

今回の改正では、この線引きが見直され、令和8年からは50名未満の事業場にもストレスチェック実施が義務化される方向で整備されています。中小企業の多くは従業員数50名未満であり、これにより 約120万事業場が新たに義務対象となります。

小規模事業場での義務化が見送られてきた理由は、

  • 実施体制が整っていない
  • 実施者の確保が難しい
  • 事務負担が大きい

とされていましたが、これらを解決するための制度改善が同時に行われています。

実施者の範囲拡大

現行制度ではストレスチェックの「実施者」は医師・保健師・精神保健福祉士(一定の研修修了者)・看護師(一定の研修修了者)などに限定されてきました。しかし小規模事業場では、医師や保健師の確保が難しい状況が続いています。

そこで改正では、公認心理師を中心とした心理職の積極的活用が認められ、実施体制が大幅に柔軟化されます。これにより、外部委託を含め心理職によるストレスチェック実施がさらに普及し、小規模事業場の制度導入が容易になる見込みです。

検査項目の見直しと「高ストレス者」の基準明確化

従来の57項目調査票(職業性ストレス簡易調査票)は、制度開始以来ほとんど見直しが行われてきませんでした。

しかし、近年の働き方の多様化やテレワークの普及により、「現在の項目では実態をとらえきれない」という指摘が増えたことを受け、改正後は次のように見直しが進められています。

  • 回答項目の簡素化(小規模事業場での実施を促す)
  • 組織改善につながる項目の追加
  • 高ストレス者判定基準の透明化

これにより、高ストレス者の抽出がより精緻化され、フラグの見逃しリスクが低減されます。

面接指導の手続き簡素化・オンライン活用の推進

これまで高ストレス者への面接指導は、医師との対面実施が原則でしたが、今回の改正でオンライン面接指導が正式に制度として明確化されます。さらに、面接指導の申し出手続きの簡素化や、企業側が従業員に積極的に受診を促せる枠組みも導入され、実務運用がしやすい制度となる見込みです。

外部委託のルール明確化と費用負担の軽減

小規模事業場の大半がストレスチェックを外部委託することを想定し、改正では「外部委託時の役割分担・責任範囲」がより具体的に整理されています。

特に、

  • 結果の保存主体
  • 高ストレス者選定方法
  • 面接指導への移行手続き

などについて、企業側の責務が明確化され、委託業者任せのトラブルが起こりにくい設計となっています。また、厚労省は「実施費用そのものを引き下げる」ための補助制度の検討も行っており、財政的負担の軽減策も併せて進められています。

小規模事業者が備えるべき実務のポイント

今後義務化の対象となる小規模事業者は、制度運用において大企業とは異なる課題を抱えています。来るストレスチェック義務化のため、備えておくべき実務のポイントについて、以下に解説していきます。

実施者の確保

制度上、ストレスチェックの「実施者」は独立した資格者でなければならず、事業主や人事担当者が実施者を兼務することはできません。

小規模事業場で多い方法は

  • 外部の産業医契約(スポット契約を含む)
  • メンタルヘルス専門の外部委託サービス
  • 公認心理師との実施委託契約

です。

実施事務従事者の選任と守秘義務

実施者以外に、「実施事務従事者(事務担当者)」を置く必要があります。

ただし、実施事務従事者には

  • 従業員の健康情報を取り扱える人
  • 人事評価権限を持たない人

を選任する必要があります。
実務上は総務担当者または事務担当者が兼任するケースが大半ですが、守秘義務に関する誓約書の取得も必要なため注意が必要です。

外部委託を利用する場合の注意点

外部委託は「すべて任せてよい」と誤解されがちですが、法律上の責任は最終的に事業者が負います。

外部委託契約書には、

  • 実施者の資格
  • データ管理責任の所在
  • 高ストレス者の判断基準
  • 結果通知の方法
  • 保存期間(5年)

を明記する必要があります。
特に結果の保存は、すべて委託先任せにするとトラブルの原因となるため、事業者で責任をもって管理する必要があります。

高ストレス者への対応体制

義務化後は、高ストレス者が一定数発生することが想定されます。

面接指導は医師でなければ実施できないため、

  • 産業医契約
  • メンタルヘルス相談医契約
  • 地域産業保健センター(厚生労働省委託事業)

などを上手く活用し、対応する必要があります。

結果の保存と個人情報保護

ストレスチェックの結果は、労安法で5年間の保存義務があります。

保存先は

  • 企業管理(内部保存)
  • 外部委託先管理

のどちらも可能ですが、いずれの場合も

  • 閲覧権限者を限定する
  • 適切な暗号化
  • 紙の場合は施錠保管

などの対応が必要です。

個人情報保護法との連動が強く、違反があれば罰則もあるため、保存方法の整備は最優先の業務といえます。

よくある質問(Q&A)

ここでは、よくある質問についてQ&A形式で解説していきます。

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Q:従業員が10名しかいない場合でも義務化されますか?

はい、原則として全ての事業場が対象となります。

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Q:従業員が回答した内容は会社に知られますか?

いいえ。従業員の同意なしに事業者が個人結果を閲覧することは禁止されています。結果が提供されるのは「集団分析用の統計情報」のみです。

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Q:外部委託すれば会社はノータッチで良いのですか?

いいえ。外部委託は「作業代行」であり、法的責任は事業者にあります。結果の保存・面接指導の申し出受付・職場環境改善は会社の責務です。

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Q:面接指導はオンラインでも可能ですか?

改正により正式にオンライン面談が可能になりました。地方の事業場でも医師面談が受けやすくなります。

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Q:パート・アルバイトも対象になりますか?

はい、実態として雇用されている全ての労働者が対象です。週労働時間に関わらず受検機会を提供する必要があります。

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Q:一部の従業員が協力してくれない場合はどうする?

回答は任意であり、強制はできません。説明会などで制度の目的を丁寧に伝え、実施の意義を認識してもらうことが大切です。

まとめ

いかがでしたか?
本記事ではストレスチェック制度の法改正について、ポイントや中小企業に求められる対応、準備すべき実務などについて解説してきました。

まとめると、

  • ストレスチェック制度は、労働者のメンタル不調を未然に防ぎ、面接指導や職場改善につなげる一次予防策として位置付けられている
  • 現行は「50名以上の事業場に義務、50名未満は努力義務」だが、精神障害に関する労災の増加や中小企業のリスクの高さを背景に、令和8年以降、小規模事業場にも義務化が進められる見通しである
  • 義務拡大に合わせて、公認心理師など心理職の活用やオンライン面接指導の導入など、実施体制の柔軟化・簡素化が図られている
  • 検査項目や高ストレス者の判定基準も見直され、組織改善につながる分析・活用がしやすくなる方向で検討が進められている
  • 義務化は「新たな負担」ではあるものの、離職防止・人材定着・生産性向上といった中小企業の経営課題の解決にもつながる施策といえる

以上が本記事の要点となります。

新たに施行される改正労働安全衛生法は、ストレスチェック制度を「大企業の義務」から「すべての企業の基礎的な安全衛生施策」へと進化させる画期的な制度改正です。この改正により、中小事業者は、体制構築や外部委託、社内の理解促進など、準備や実務の負荷が増えてしまうことが予想されます。

しかし同時に、本制度を活用することで、離職防止や健康経営、生産性向上につながるという大きなメリットを得ることもできます。義務化を「負担」と捉えるのではなく、企業の組織づくりを見直す絶好の機会として捉え、実践していくことが大切なのです。

本記事がストレスチェック制度の知識を深める一助となれば幸いです。

参照元:ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等|厚生労働省
参照元:業務災害に係る精神障害に関する事案の労災補償状況


※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の状況については、最新の公式情報や専門家の意見をご確認ください。

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