副業制度導入時の注意点|企業が押さえるべき法的リスクと実務ポイント
副業・兼業を希望する労働者が増加する中、多くの企業が副業制度の導入を検討しています。しかし、適切な準備なしに副業を解禁すると、労働時間管理の混乱や企業秘密の漏洩など、予期せぬリスクに直面する可能性があります。
厚生労働省が公開している「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、企業と労働者が安心して副業に取り組むための環境整備の重要性が示されています。本記事では、このガイドラインを参考に、副業制度導入時に企業が押さえるべき注意点を解説します。
目次
- 副業制度導入前に理解すべき法的枠組み
- 就業規則の整備と届出制度の設計
- 労働時間管理の実務と「管理モデル」の活用
- 競業避止と企業秘密保護の実務対応
- 副業トラブルの実例と解雇・懲戒のリスク
- 副業制度の導入ステップと社内浸透策
- まとめ:副業制度導入成功のカギ
副業制度導入前に理解すべき法的枠組み
副業は原則自由という大原則
労働基準法では副業を禁止する規定は存在しません。憲法第22条で保障される「職業選択の自由」に基づき、従業員の副業は原則として自由とされています。
企業が副業を制限できるのは、以下のような合理的な理由がある場合に限られます。
- 本業の業務遂行に具体的な支障が生じる場合
- 企業秘密が漏洩するおそれがある場合
- 競業により企業の利益が損なわれる場合
- 企業の名誉・信用を損なう行為である場合
厚生労働省ガイドラインが示す基本方針
平成30年1月に策定された「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、次のような基本的な考え方が示されています。
- 原則容認の姿勢:副業・兼業を希望する労働者に対して、原則として認める方向で検討する
- 例外的禁止:合理的理由がある場合に限り、副業を制限できる
- 労働時間管理:複数の事業場で労働する場合の労働時間通算のルールを明確化
- 健康管理:長時間労働による健康障害を防止するための措置を講じる
就業規則の整備と届出制度の設計
モデル就業規則に基づく規定例
厚生労働省が提供するモデル就業規則では、以下のような規定例が示されています。
第70条(副業・兼業)
労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
この原則容認の姿勢を明示した上で、労務提供上の支障がある場合、業務上の秘密が漏洩する場合、競業により自社の利益を害する場合などを禁止事項として設けます。
届出制と許可制の選択
副業を認める場合、企業は「届出制」または「許可制」のいずれかを選択します。
| 比較項目 | 届出制 | 許可制 |
|---|---|---|
| 企業の対応 | 届出を受けて内容を確認 | 申請を審査し許可・不許可を判断 |
| 従業員の自由度 | 高い(原則として副業可能) | 低い(会社の許可が必要) |
| 法的安定性 | 原則自由の趣旨に合致 | 不許可の合理性を説明する必要あり |
厚生労働省のガイドラインでは、原則容認の観点から「届出制」が推奨されています。
労働時間管理の実務と「管理モデル」の活用

労働時間通算の原則と課題
労働基準法第38条第1項では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定められています。
従業員が本業で6時間、副業で3時間働いた場合、合計9時間の労働時間として扱われ、本業の企業は1時間分の時間外労働に対する割増賃金を支払う義務が生じます。
「管理モデル」による簡便な労働時間管理
厚生労働省は令和2年9月のガイドライン改定で「管理モデル」という簡便な労働時間管理方法を導入しました。
管理モデルの具体例
| 項目 | 本業A社 | 副業B社 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 1日の労働時間上限 | 5時間 | 3時間 | 8時間(法定内) |
| 管理方法 | 5時間以内で管理 | 3時間以内で管理 | 通算管理不要 |
事前に上限を設定し、各企業が自社で設定した上限の範囲内で労働させることで、煩雑な通算管理を不要とする仕組みです。
健康管理との両立
複数の職場で働くことにより、長時間労働や過重労働のリスクが高まります。企業が講じるべき健康管理措置には、以下のようなものがあります。
- 定期的な健康状態の確認(面談の実施)
- 長時間労働者への産業医面談の実施
- 厚生労働省提供の「マルチジョブ健康管理ツール」アプリの活用推奨
- 過度な疲労が見られる場合の副業制限
競業避止と企業秘密保護の実務対応
競業他社での副業がもたらすリスク
従業員が競合企業で副業を行うと、以下のような重大な問題が発生する可能性があります。
- 企業秘密の漏洩:技術情報、顧客情報、営業戦略などの機密情報が流出
- 顧客の横取り:本業で獲得した顧客を副業先に誘導
- 競争力の低下:自社のノウハウが競合他社に利用される
- 損害賠償のリスク:実際に売上減少などの損害が発生した場合、高額の損害賠償請求の可能性
秘密保持契約と競業避止義務の明確化
競業リスクを防ぐため、企業は以下の対策を講じる必要があります。
- 秘密保持誓約書の整備(在職中および退職後の秘密保持義務を明確化)
- 競業避止義務の範囲設定(どのような副業が「競業」に該当するかを明確化)
- 副業届出時の競業性チェック(自社事業との照合)
情報漏洩防止のための実践的対策
企業秘密を守るためには、制度面だけでなく、実務面での対策も重要です。
特に重要なのが企業内研修です。多くのトラブルは、従業員が「これくらいなら大丈夫」という認識の甘さから発生します。副業制度導入時には、全従業員を対象とした情報管理研修を実施し、何が禁止行為に該当するのか、違反した場合のリスクは何かを明確に伝えることが、トラブル防止の最も効果的な方法です。
副業トラブルの実例と解雇・懲戒のリスク
実際のトラブル事例に学ぶ
近年、副業を理由とした労働紛争が増加しています。実際の事例として、競合他社で副業を行い、本業の顧客情報を流用して営業活動を行ったケースでは、企業が従業員に対して損害賠償を請求し、数百万円の支払いが命じられた例もあります。
一方で、年1~2回程度の軽微な副業について、企業が十分な注意や指導を行わずに突然懲戒解雇したケースでは、解雇が不当として約1,500万円の支払いと復職が命じられた例もあります。
適正な懲戒処分のプロセス
副業を理由に懲戒処分を行う場合、以下のプロセスを踏むことが重要です。
段階対応の手順(副業対応)
| 段階 | 対応内容 |
|---|---|
| 1. 事実確認 | 副業の内容、頻度、時間、本業への影響を詳細に調査する。 |
| 2. 注意・指導 | 書面で問題点を指摘し、改善を求める(記録を残す)。 |
| 3. 弁明の機会 | 従業員から事情を聴取し、弁明の機会を与える(公平性の確保)。 |
| 4. 処分の決定 | 違反の程度に応じた適切な処分を決定する(懲戒・譴責などの基準に基づく)。 |
| 5. 処分の通知 | 処分理由を明確に記載した書面で通知し、必要に応じて再発防止策を伝える。 |
特に重要なのは、「段階的な対応」です。軽微な違反に対していきなり解雇を行うのではなく、まず注意・指導から始める慎重なアプローチが求められます。
副業制度の導入ステップと社内浸透策
効果的な導入プロセス
ステップ1:現状分析と方針決定
- 従業員の副業ニーズの把握(アンケート調査の実施)
- 業界の副業解禁状況の確認
- 自社の機密情報の重要度と漏洩リスクの評価
ステップ2:就業規則と関連規程の整備
- 就業規則の副業条項の追加・修正
- 副業管理規程の策定
- 各種様式(届出書、合意書など)の準備
ステップ3:企業内研修の徹底実施
副業制度を成功させる最大のカギは、従業員への適切な周知と教育です。効果的な研修プログラムには以下を含めます。
- 制度説明会(全従業員対象)
- 副業制度の目的と会社の方針
- 届出・許可プロセスの詳細
- 禁止事項と違反した場合のリスク
- 管理職向け研修
- 副業届出の審査ポイント
- 部下の労働時間・健康管理
- トラブル発生時の初動対応
- コンプライアンス研修
- 企業秘密の範囲と取扱方法
- 競業避止義務の具体例
- 情報漏洩の事例とリスク
研修は制度導入時だけでなく、定期的(年1回程度)に実施することで、従業員の意識を高く保つことができます。
ステップ4:試行期間の設定と改善
いきなり全社で本格導入するのではなく、まず3~6ヶ月程度の試行期間を設け、届出件数、労働時間管理の実務負荷、トラブル事例などを検証します。
ステップ5:継続的なモニタリング
副業実施者の労働時間データの月次確認、健康診断結果の分析、トラブル事例のデータベース化など、継続的な改善を行います。

まとめ:副業制度導入成功のカギ
副業制度導入時の注意点を、改めて整理しましょう。
法的リスクを最小化する5つのポイント
- 就業規則の適切な整備:厚生労働省のモデル就業規則を参考に、原則容認・例外的制限の方針を明確化
- 労働時間管理の確実な実施:労働時間通算の原則を理解し、管理モデルの導入も検討
- 競業避止と秘密保持の徹底:競業の範囲を明確に定義し、秘密保持誓約書の整備と定期的な研修を実施
- 段階的な対応の原則:副業に関する問題が発生した場合、注意・指導から始める段階的なアプローチを採用
- 企業内研修の徹底実施:制度の内容、禁止事項、違反のリスクを具体的な事例で説明し、全従業員に正しい理解を浸透
特に重要なのは企業内研修です。制度導入時の全従業員向け説明会、定期的なコンプライアンス研修、新入社員研修での周知など、継続的な教育プログラムを実施することで、トラブルの大部分は未然に防ぐことができます。
今日から始める第一歩
副業制度の導入を検討されている企業の皆様は、まず厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」および関連資料を確認することから始めてください。パンフレット、リーフレット、Q&A、様式例など、実務に即座に活用できる資料が豊富に用意されています。
副業制度は、適切に設計・運用することで、従業員の成長と企業の発展を同時に実現できる強力なツールとなります。本記事で解説した注意点を参考に、あなたの会社に最適な副業制度を構築してください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の状況については、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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