裁量労働制は本当にデメリットしかない?人事が知るべきヤバい落とし穴と企業内研修による解決法

裁量労働制は本当にデメリットしかない?人事が知るべきヤバい落とし穴と企業内研修による解決法

「裁量労働制を導入したら社員から不満が噴出した」「長時間労働が常態化してしまった」――人事担当者の方から、こうした悩みの声が聞こえてきます。インターネット上では「裁量労働制はデメリットしかない」「ヤバい制度」といった厳しい意見も目立ちます。

しかし、本当に裁量労働制はデメリットしかないのでしょうか?

裁量労働制は、適切に運用すれば労働者の自律性を高め、生産性向上につながる制度です。一方で、制度への理解不足や誤った運用により、企業と労働者の双方に深刻な問題を引き起こすリスクも抱えています。

本記事では、人事担当者の皆様に向けて、裁量労働制の本質的なデメリットと対策、そして企業内研修を通じた適切な運用方法について、最新の法改正情報も交えながら詳しく解説します

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目次

裁量労働制とは何か?基本を正しく理解する

裁量労働制の定義と目的

裁量労働制とは、実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ労使間で決めた時間を労働時間とみなして賃金を支払う制度です。業務の遂行方法や時間配分を労働者の裁量に委ね、創造的な能力の発揮を促すことを目的としています。

たとえば、みなし労働時間を1日8時間と定めた場合、実際の労働時間が6時間でも10時間でも、基本的には8時間分の賃金が支払われます。ただし、深夜労働や休日労働については別途割増賃金が発生する点に注意が必要です。

2種類の裁量労働制とその対象業務

裁量労働制には「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があり、それぞれ対象となる業務が法律で明確に定められています。

種類対象業務の特徴主な職種例導入方法
専門業務型業務の性質上、遂行方法や時間配分を労働者の裁量に委ねる必要がある専門的業務(20業務)システムエンジニア、デザイナー、記者・編集者、研究開発者、建築士、税理士など労使協定の締結 + 本人の同意
企画業務型事業運営に関する企画・立案・調査・分析業務で、労働者の裁量に委ねる必要がある業務経営企画、営業企画、人事・労務、財務、広報などの企画部門労使委員会の設置と5分の4以上の決議

専門業務型は2024年4月から20業務となり、M&Aアドバイザー業務が新たに追加されました。企画業務型は、単なる営業活動など対象外となる業務もあるため、慎重な判断が求められます。

2024年法改正で何が変わったのか

2024年4月に施行された改正労働基準法により、裁量労働制の運用ルールが大きく変更されました。人事担当者が特に注意すべきポイントは以下の3点です。

労働者本人の同意が必須に これまで労使協定や労使委員会の決議だけで適用できましたが、2024年4月以降は労働者本人から事前に書面で同意を得ることが義務化されました。同意しないことによる不利益な取り扱いも明確に禁止されています。

同意撤回の手続きの整備 労働者が裁量労働制の適用について同意を撤回できる手続きを定めることが新たに義務付けられました。一度同意しても、状況が変われば撤回できる仕組みが必要です。

健康・福祉確保措置の強化 勤務間インターバル制度の導入や深夜勤務回数の制限など、具体的な健康・福祉確保措置を講じることが求められています。さらに、これらの措置の実施状況を記録し、5年間保存する義務も課されています。

これらの法改正により、企業側の手続き負担は増加しましたが、適切な運用によって労働者の健康を守り、制度への理解と納得を深めることができます。

「デメリットしかない」と言われる理由:裁量労働制の5つの落とし穴

デメリット1:長時間労働の常態化リスク

裁量労働制の最大のデメリットとして指摘されるのが、長時間労働の誘発です。厚生労働省の「裁量労働制実態調査」によると、裁量労働制が適用される労働者の1日の平均労働時間は9時間、1週間では45時間18分と、いずれも法定労働時間を上回っています。

なぜこのような事態が起きるのでしょうか。大きな要因は以下の3点です。

成果主義のプレッシャー 裁量労働制では労働時間ではなく成果で評価されるため、成果を出すために長時間働いてしまう傾向があります。特に、目標設定が高すぎる場合や評価基準が不明確な場合に、この問題は深刻化します。

自己管理能力への過度な依存 制度が前提とする「自律的な働き方」は、すべての労働者が十分な自己管理能力を持っているわけではありません。時間管理が苦手な労働者や、責任感の強い労働者ほど、長時間労働に陥りやすくなります。

業務量と裁量のミスマッチ みなし労働時間内では到底終わらない業務量が課されている場合、労働者は長時間労働を余儀なくされます。これは制度の趣旨に反する運用であり、企業側の重大な責任問題となります。

デメリット2:残業代が出ない構造的問題

「みなし労働時間を超えて働いても残業代が出ない」――これが裁量労働制に対する最も強い批判の一つです。

確かに、みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間)以内に設定されている場合、実際にどれだけ長時間働いても、原則として時間外労働の割増賃金は発生しません。ただし、以下のケースでは割増賃金の支払い義務が発生します。

ケース割増率具体例
みなし労働時間が法定労働時間を超える場合25%以上みなし労働時間9時間→1時間分の残業代発生
深夜労働(22時〜5時)25%以上深夜帯に働いた実際の時間分
法定休日労働35%以上法定休日に働いた実際の時間分

多くの企業でトラブルになるのは、この割増賃金の計算や支払いが適切に行われていないケースです。特に深夜労働については、実労働時間の把握が不十分なために未払いが発生しやすいという問題があります。

デメリット3:制度導入・運用の負担とコスト

裁量労働制の導入には、想像以上の手続き負担とコストがかかります。特に企画業務型では、以下のような複雑な手続きが必要です。

労使委員会の設置と運営 労使委員会を組織し、定期的に開催する必要があります。委員の選出、議事録の作成、労働基準監督署への報告など、継続的な事務作業が発生します。企画業務型では制度導入から最初の6か月以内に1回、その後は1年ごとに1回の開催と定期報告が義務付けられています。

個別同意取得と記録管理 2024年4月以降、対象労働者一人ひとりから書面で同意を得て、その記録を5年(当面の間は3年)保存する必要があります。同意撤回の手続きも整備しなければなりません。

健康管理措置の実施と記録 勤務間インターバル制度の導入、深夜勤務回数の制限、健康診断の実施など、具体的な健康確保措置を講じ、その実施状況を労働者ごとに記録・保存する義務があります。

これらの手続きを適切に行うには、人事担当者の業務量が大幅に増加します。専任の担当者を配置する必要があるケースも少なくありません。

デメリット4:不適切な運用による法的リスク

裁量労働制の運用を誤ると、企業は深刻な法的リスクに直面します。実際に問題となりやすいケースをご紹介します。

対象外業務への不当な適用 法律で定められた対象業務以外に裁量労働制を適用した場合、その労働時間は通常の労働時間として扱われ、未払い残業代の請求を受ける可能性があります。「企画」という言葉が付いていても、実態が単純な事務作業であれば対象外です。

具体的な指示による裁量性の否定 「自分の裁量で働ける」はずなのに、上司から細かい時間管理や業務手順の指示を受けている場合、裁量労働制の要件を満たしていないと判断される可能性があります。

健康管理義務違反 出退勤時刻や労働時間の把握を怠り、労働者が過労で健康を害した場合、企業は安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う可能性があります。「裁量労働制だから時間管理は不要」という認識は大きな誤りです。

こうした法的リスクは、企業の評判を損ない、人材確保にも悪影響を及ぼします。コンプライアンス体制の整備が不可欠です。

デメリット5:労働者のモチベーション低下と離職

裁量労働制の不適切な運用は、労働者のモチベーション低下や離職につながります。特に以下のような状況では深刻です。

「定額働かせ放題」という不信感 長時間労働が常態化しているのに残業代が出ない状況では、労働者は「定額で働かせ放題にされている」と感じてしまいます。この不信感は、会社への忠誠心や仕事への意欲を大きく損ないます。

成果と報酬の不一致 成果を出しても正当に評価されない、あるいは評価基準が不明確な場合、労働者は強い不公平感を抱きます。特に優秀な人材ほど、より適切な評価を受けられる環境を求めて転職を検討するでしょう。

キャリア形成の不安 長時間労働によってスキルアップの時間が取れない、健康を害してキャリアが中断するリスクがあるなど、将来への不安が高まります。

厚生労働省の調査では、裁量労働制に対する満足度は比較的高い結果も出ていますが、これは適切に運用されている企業における数値です。不適切な運用が行われている企業では、優秀な人材の流出という深刻な問題に直面するでしょう。

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裁量労働制にメリットはないのか?適切運用で得られる5つの価値

ここまで裁量労働制のデメリットを中心に見てきましたが、適切に運用すれば企業と労働者の双方に大きなメリットをもたらす制度でもあります。

メリット1:柔軟な働き方による生産性向上

裁量労働制の最大のメリットは、労働者が自分のペースで最も効率的に働ける点です。「朝型」「夜型」といった個人の特性に合わせた時間配分が可能になり、集中力が高まる時間帯に重要な業務に取り組めます。

また、家庭の事情に合わせて勤務時間を調整できるため、子育てや介護との両立がしやすくなります。これにより、優秀な人材の継続雇用が可能になります。

メリット2:創造的な業務への集中

時間管理から解放されることで、労働者は成果そのものに集中できます。特に研究開発やデザイン、企画立案といった創造性が求められる業務では、「何時間働いたか」ではなく「どんな成果を生み出したか」に焦点を当てることで、イノベーションが促進されます。

メリット3:企業の人件費予測と労務管理の効率化

企業側にとっては、みなし労働時間に基づいて人件費を予測しやすくなるというメリットがあります。深夜・休日労働を除き、時間外労働の変動が少ないため、予算管理が容易になります。

また、細かい勤務時間管理から解放されるため、管理部門の業務負担が軽減される面もあります。

メリット4:優秀な専門人材の確保

専門性の高い人材ほど、自律的な働き方を重視する傾向があります。裁量労働制を適切に運用することで、「この会社では自分の裁量で働ける」という魅力を打ち出し、優秀な人材を引きつけることができます。

メリット5:社員満足度の向上

厚生労働省の調査では、裁量労働制が適用されていることに対して「満足している」「やや満足している」と答えた労働者が合わせて80%を超えています。適切に運用されれば、労働者の満足度を高める制度であることがわかります。

これらのメリットを実現するためには、制度の正しい理解と適切な運用、そして何よりも企業内研修による意識改革が不可欠です。

裁量労働制のよくある質問と回答

Q1. みなし労働時間はどのように決めればよいですか?

みなし労働時間は、実態に即して設定する必要があります。厚生労働省の調査によると、実際の労働時間の平均は9時間となっていますが、これを鵜呑みにするのは危険です。

適切なみなし労働時間を決めるには、以下のステップを踏みましょう。

  1. 対象業務の実態調査(実際にどのくらいの時間がかかっているか)
  2. 労働者へのヒアリング
  3. 業務の繁閑を考慮した設定
  4. 労使委員会での十分な議論

設定後も定期的に見直し、実労働時間と大きな乖離が生じていないか確認することが重要です。

Q2. すでに導入している裁量労働制を見直すべきでしょうか?

2024年4月の法改正により、既存の制度も見直しが必要です。特に以下の点を確認しましょう。

  • 労働者本人から同意を得ているか
  • 同意撤回の手続きが整備されているか
  • 健康・福祉確保措置が適切に実施されているか
  • 実労働時間の把握が適切に行われているか
  • 深夜・休日労働の割増賃金が正しく支払われているか

問題がある場合は、速やかに是正する必要があります。放置すると、後々大きなトラブルに発展する可能性があります。

Q3. 労働者が同意を撤回した場合、どう対応すればよいですか?

同意撤回は労働者の正当な権利であり、これを理由に不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています。撤回があった場合は、以下のように対応しましょう。

  1. 撤回の申し出を受理し、記録する
  2. 通常の労働時間制に移行する手続きを進める
  3. 業務内容や評価方法の調整が必要か検討する
  4. 撤回の理由をヒアリングし、制度改善に活かす

同意撤回は、制度運用に問題がある可能性のシグナルです。個別の対応だけでなく、制度全体の見直しも検討しましょう。

Q4. 勤怠管理システムは必要ですか?

裁量労働制であっても、健康管理の観点から実際の労働時間を把握する義務があります。適切な勤怠管理システムの導入は強く推奨されます。

システムを選ぶ際は、以下の機能があるものを選びましょう。

  • 出退勤時刻の正確な記録
  • 深夜・休日労働時間の自動集計
  • 長時間労働のアラート機能
  • 勤務間インターバルのチェック機能
  • 記録の長期保存(5年間)

適切なシステムがあれば、人事担当者の負担も軽減され、法令遵守も容易になります。

Q5. 他の労働時間制度との併用は可能ですか?

同一の労働者に対して、複数の労働時間制度を同時に適用することは原則としてできません。ただし、業務の性質が明確に異なる場合は、業務ごとに異なる制度を適用できる可能性があります。

例えば、ある社員が週3日は裁量労働制の対象業務、週2日は通常業務という場合は、日によって異なる制度を適用することが考えられますが、運用は非常に複雑になります。

このような複雑なケースでは、必ず労働基準監督署や社会保険労務士に相談し、適切な運用方法を確認しましょう。

まとめ:裁量労働制は「ヤバい制度」ではなく「難しい制度」

裁量労働制は、決して「デメリットしかない」「ヤバい制度」ではありません。適切に運用すれば、労働者の自律性を高め、生産性を向上させ、優秀な人材を確保する有効な手段となります。

しかし同時に、制度の理解不足や誤った運用により、長時間労働、法令違反、労働者の不満といった深刻な問題を引き起こすリスクも抱えています。

裁量労働制は「難しい制度」ですが、適切な準備と継続的な改善により、企業と労働者の双方にメリットをもたらす制度に育てることができます。企業内研修を軸とした改善活動を通じて、裁量労働制の真の価値を実現していきましょう。


※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の状況については、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。